2021年05月17日
「分かりません!」と言う「いとま」がない子どもたち
「学校で行う授業と部活の違い、分かりますか?」という質問を子供たちに投げかけてみました。
どんな視点でもよかったのですが、あまりに質問が漠然とし過ぎていたのか、返答はありませんでした。
私はいくつもあるであろう「答え」のようなものの中から、一つだけ例を挙げました。
「授業は進みますが、部活は進みません。」
例えば社会の授業で歴史を勉強しているとき、鎌倉時代のところで引っかかっても、授業はほどなく室町時代へと移っていきます(私も中学時代、このあたりの歴史認識が不得意でしたね)。
しかし、部活ではつっかかったところで、一旦立ち止まります。できないことをそのままに、次の練習には進めません。つまり基礎で引っかかったら応用にはいけないのです。
何を言いたいかというと、部活では安心して「分かりません!」と言ってほしいのです。
「分かりません!」を言っていいんだということを、分かってほしいのです。
バドミントンを小規模校となった井川で取り入れることとなった30年以上前、当時指導されていた地域の方々からこのような話を聞きました。
「バドミントンのような個人競技は、子どもに合わせた目標設定が立てられるから、小規模校には合っている。」
つまり大会で優勝したい子もいれば、1回勝つことが目標の子もいる。試合に勝てないまでも、内容にこだわってやりたいプレーを目指す子もいる。それぞれに合わせてみんなが今よりも少し頑張ろうとするから、部活として成り立つ。こういうロジックであります。
私が部活指導員を頼まれてからも、この点においてのブレは生じていません。もちろん団体戦というチーム競技もありましたが、あくまで個人の目標を尊重することを大切にしてきました。
でも、なんだか子どもたちが落ち着いて部活に取り組めていないんじゃないかと思うときもあります。それが、成長スピードに合わない高度な練習を取り入れるときです。
なにも技術レベルにおいてだけではありません。どうして部活の時に挨拶を大事にするのか、感謝の気持ちが大事なのか。いくら指導する側があいさつしなさい!感謝しなさい!と言ったところで、子ども達の心の中には少なからずそういう気持ちが備わっています。
やみくもにそのように言うことは、子ども達の心の中を否定するだけで、理解できるわけがありません。
先日の部活の時間、ある資料を引っ張り出し、自分たちがどれだけ恵まれた環境で学校に通えているか、部活に取り組めているか、自ら考えてもらう機会を設けました。
同じ世代の子供たちが世界中に何億といますが、はたして学校に通えている子供がどれほどいるか、通えていないのはどういう理由なのか、はたまた日本にだって様々な理由で学校に通いたくても通えない子たちがどれほどいるか、いまの自分に置き換えて改めておうちの人や自分たちに関わってくれる人たちに感謝しなくてはいけないんじゃないかという結論に達しました。
学校の先生が部活に関わる時間が負担になりすぎて、長時間労働の温床となっているといわれていますが、部活をやりたい先生もいる中で、技術指導というよりも生活指導、人間教育に重点を置きたくて部活をやっている先生も多くいることを知っています。
でも、教育予算を握る財務省から見ると、その点の指導は「非常に非効率、かつ数値化できない(費用対効果を出せない)」分野で、結果的に教員が部活から手を引くべきという、全く知恵のない結論を導いてしまいました。
だったら、部活を任された地域が、人間形成の面、道徳教育の面もトータルして指導するしかありません。
だからいつか花咲く子供たちのために、とことん土を耕してあげようと。部活の中体連は一つの目標でありますが、決してゴールではなく通過点です。その子が花開くのは高校かもしれない、大学かもしれない、もっと年齢を重ねてからかもしれない、でもいつか必ず花は咲くのです。
「分からないことは恥ずかしいこと」ではなく、「分からないことは知らないことを新しく覚えること」。だから立派な心がけなんですね。
どんな視点でもよかったのですが、あまりに質問が漠然とし過ぎていたのか、返答はありませんでした。
私はいくつもあるであろう「答え」のようなものの中から、一つだけ例を挙げました。
「授業は進みますが、部活は進みません。」
例えば社会の授業で歴史を勉強しているとき、鎌倉時代のところで引っかかっても、授業はほどなく室町時代へと移っていきます(私も中学時代、このあたりの歴史認識が不得意でしたね)。
しかし、部活ではつっかかったところで、一旦立ち止まります。できないことをそのままに、次の練習には進めません。つまり基礎で引っかかったら応用にはいけないのです。
何を言いたいかというと、部活では安心して「分かりません!」と言ってほしいのです。
「分かりません!」を言っていいんだということを、分かってほしいのです。
バドミントンを小規模校となった井川で取り入れることとなった30年以上前、当時指導されていた地域の方々からこのような話を聞きました。
「バドミントンのような個人競技は、子どもに合わせた目標設定が立てられるから、小規模校には合っている。」
つまり大会で優勝したい子もいれば、1回勝つことが目標の子もいる。試合に勝てないまでも、内容にこだわってやりたいプレーを目指す子もいる。それぞれに合わせてみんなが今よりも少し頑張ろうとするから、部活として成り立つ。こういうロジックであります。
私が部活指導員を頼まれてからも、この点においてのブレは生じていません。もちろん団体戦というチーム競技もありましたが、あくまで個人の目標を尊重することを大切にしてきました。
でも、なんだか子どもたちが落ち着いて部活に取り組めていないんじゃないかと思うときもあります。それが、成長スピードに合わない高度な練習を取り入れるときです。
なにも技術レベルにおいてだけではありません。どうして部活の時に挨拶を大事にするのか、感謝の気持ちが大事なのか。いくら指導する側があいさつしなさい!感謝しなさい!と言ったところで、子ども達の心の中には少なからずそういう気持ちが備わっています。
やみくもにそのように言うことは、子ども達の心の中を否定するだけで、理解できるわけがありません。
先日の部活の時間、ある資料を引っ張り出し、自分たちがどれだけ恵まれた環境で学校に通えているか、部活に取り組めているか、自ら考えてもらう機会を設けました。
同じ世代の子供たちが世界中に何億といますが、はたして学校に通えている子供がどれほどいるか、通えていないのはどういう理由なのか、はたまた日本にだって様々な理由で学校に通いたくても通えない子たちがどれほどいるか、いまの自分に置き換えて改めておうちの人や自分たちに関わってくれる人たちに感謝しなくてはいけないんじゃないかという結論に達しました。
学校の先生が部活に関わる時間が負担になりすぎて、長時間労働の温床となっているといわれていますが、部活をやりたい先生もいる中で、技術指導というよりも生活指導、人間教育に重点を置きたくて部活をやっている先生も多くいることを知っています。
でも、教育予算を握る財務省から見ると、その点の指導は「非常に非効率、かつ数値化できない(費用対効果を出せない)」分野で、結果的に教員が部活から手を引くべきという、全く知恵のない結論を導いてしまいました。
だったら、部活を任された地域が、人間形成の面、道徳教育の面もトータルして指導するしかありません。
だからいつか花咲く子供たちのために、とことん土を耕してあげようと。部活の中体連は一つの目標でありますが、決してゴールではなく通過点です。その子が花開くのは高校かもしれない、大学かもしれない、もっと年齢を重ねてからかもしれない、でもいつか必ず花は咲くのです。
「分からないことは恥ずかしいこと」ではなく、「分からないことは知らないことを新しく覚えること」。だから立派な心がけなんですね。
タグ :部活
2021年05月17日
何もかも与えられる世の中との葛藤
感謝の気持ちがない人間に、目的意識はありません。
世界には、国家存亡の危機の中生き延びるのが精いっぱいの子供たちも多くいます。
学校に通うなんてあり得ない状況。
いま自分たちが何不自由なく食事ができ、学校に通い、部活ができる。
その当たり前の日常に感謝が消えると、学校に行かなくてはならないとか、部活があるから練習する、という受け身の姿勢になります。
当たり前の環境がひとつ欠けると、あたかも不幸感に陥ります。10のうち9しかできないという価値観。10のうち9もできるという価値観。どちらの心持ちが良いかは明白です。
バドミントンだけうまくなったところで、人間の価値は知れてます。
いまある日常への感謝の気持ち。
それだけでいいよ。みんな分かってくれたから、それで十分だよ。(^^)
世界には、国家存亡の危機の中生き延びるのが精いっぱいの子供たちも多くいます。
学校に通うなんてあり得ない状況。
いま自分たちが何不自由なく食事ができ、学校に通い、部活ができる。
その当たり前の日常に感謝が消えると、学校に行かなくてはならないとか、部活があるから練習する、という受け身の姿勢になります。
当たり前の環境がひとつ欠けると、あたかも不幸感に陥ります。10のうち9しかできないという価値観。10のうち9もできるという価値観。どちらの心持ちが良いかは明白です。
バドミントンだけうまくなったところで、人間の価値は知れてます。
いまある日常への感謝の気持ち。
それだけでいいよ。みんな分かってくれたから、それで十分だよ。(^^)
タグ :井川中バドミントン部
2021年05月17日
明日晴れるから
梅雨入りですからね。仕方のない雨は今朝も降ってます。
上手いこと朝方だけでもやんでくれたらいいんですが、天気予報では明日とあさっては朝方の雨マークはなし。
ということで、今朝も3本ローラー!体幹とケツ筋に意識を持つと、ハンドルを持つ腕やペダルをまわす脚への極端な負荷が軽減するような気がします。
故障もだいぶ快復して、走る気満々なんですが、雨と上手に付き合っていく時期ですからね、そうやるしかないね。(^-^)
上手いこと朝方だけでもやんでくれたらいいんですが、天気予報では明日とあさっては朝方の雨マークはなし。
ということで、今朝も3本ローラー!体幹とケツ筋に意識を持つと、ハンドルを持つ腕やペダルをまわす脚への極端な負荷が軽減するような気がします。
故障もだいぶ快復して、走る気満々なんですが、雨と上手に付き合っていく時期ですからね、そうやるしかないね。(^-^)